カーストの話

 

 インドのカーストについてはいろいろ書かれた物もあるので、一応の知識は持っているつもりだった。でも、あの国を旅行してそれを何らかの形で目にしたり、あるいは実感することはあまりないように思う。
 デリーで日本から遅れてやってくる友人と待ち合わせていた。その日までまだ少し日にちがあったので、サーンチーへ小旅行をした。待ち合わせの前日の夜10時過ぎ、サーンチーのストゥーパ周辺の、のんびりした気分を引きずったまま、ニューデリー駅に戻ってきた。ちょうど日曜日で、駅前で車を探しても交渉にならない。高い、と言うと「旦那、日曜日の夜だよ。そんな値段で行く車なんかないね。」といった感じで足下を見られる。じゃ、歩いて行くまでさ。コンノート・プレイスを目指して歩き始める。いつもそうなのだが、歩き始めてから後悔する。この時も、多少高くても車に乗れば良かった、と思い始めたとき、サイクルリキシャが我々の横を通り過ぎた。すぐ呼び止めて我々のホテル名を言ってみた。とてつもなく安い料金を答える。あっ、この親父はそのホテルを知らないな、と思った。さっそく3人で荷物と共に乗り込んだ。彼はすぐに逆方向へ向かおうとする。逆だ逆だ、と言うと、エージェントへ行って予約を確認しようと言う。言うとおりにすれば、駅前のインチキエージェントへ連れて行かれ、予約確認するふりをして、予約は入ってない、だから他のホテルを紹介しよう、という手順になる。大体我々だって実は予約などしていないし、その手を食う気はないので、いいから言ったとおりに走れ。彼は渋々Uターンしてコンノートへ向かった。
 コンノート・プレイスは巨大なロータリーである。また、この辺りから南はサイクルリキシャの立入は禁止であるが、日本ではないから、その辺は厳しくはなく、夜になるとけっこうサイクルリキシャが走っている。その立入禁止のコンノートへ我々のリキシャは突入して行く。最外周は時計回りの一方通行である。だから車は右側から来る。しかるに、何も知らない我々の親父は左側だけ見ながら横断し始めた。危機一髪、右から来た自家用車と、あとわずかで、ぶつかるところだった。急停車した車から中年の男性が飛び出てきた。我々の親父の前へまわり、すごい剣幕で怒鳴っている。リキシャは立入禁止だ、何をやってる、ふざけるな、とでも言っていたのだと思う。親父はうつむいたまま、怒鳴られている。中年は突然、親父のほっぺたを平手打ちした。あっ、喧嘩になる、と思った。しかし、親父はサイクルリキシャを降り、我々を乗せたまま、黙ってそれを押し始めた。中年は車に乗って走り去った。
 我々3人は気の毒なのと、危ないのとで、道路を横断するたびに降りて、安全を確認して親父のリキシャを誘導した。コンノートのロータリーを何とか横切り、ジャンパト通りに入って、親父は黙々とリキシャをこぐ。我々もやっと落ち着いてリキシャ上の人になる。「この親父がホテルに着いて、さっきの金額を渡してさ、黙って受け取って帰っていったら、ちょっと辛いものがあるよね。」「いや、それはないね。ここはインドだ。」
 ホテルに着いた。親父が言った。「おれは7キロも走った。さっきの金じゃ全然足りない。」3人は爆笑した。本当にホッとした。親父はきょとんとしている。最初から色を付けるつもりだったので、迷わず余分に金を渡した。同行の大学生が、「おじさん、気の毒だったね、痛かったろ?」と言いながら彼のほっぺたをさわった。親父の目が潤んだ。