バスの中で老人が亡くなった話
今から何年前になるのだろうか、インドがまだ外国資本の導入を始める前のことである。私は最奥のガンゴトリからウッタルカシへ戻るバスに乗っていた。ガンゴトリはガンガー(ガンジス川)の源流なので、ヒンドゥー教徒にとって重要な聖地である。だから、私の乗ったバスの同乗者はほとんどが巡礼帰りの老若男女で、外国人は我々以外にはいないようであった。私の隣には老女が座っていて、時々何かヒンディー語で話しかけてくる。どうも、おまえの腕時計をくれ、と言っているようである。私は覚えたてのヒンディー語で「エーク、ドー、ティーン、チャール、パーンチ……」と答える。つまり1から10までヒンディー語で言っただけなのだが、そうするとその老女は「そうだ、そうだ、エーク、ドー……」と答えてくれて、少なくとも、時計をくれ、という話ではなくなる。これで20分ぐらいはもつ。しばらくの沈黙の後、また時計の話になるのだが、再び「エーク、ドー、ティーン……」と楽しく会話を続けることになる。
出発から1時間ぐらい経った頃だと思う。バスの後ろの方が急に騒がしくなった。何人かの若い男が止まったバスから外へ飛び出て、空き缶に水を汲んで戻ってきた。それだけでまた出発。さらに30分ほど走って停車した。ここには軍隊のチェックポストがある。行きにも停車して、中国との国境の近さを実感したので、はっきり覚えていた。しかし、行きとは異なり、いつまで待ってもバスが動き出す気配がない。となりの時計の老女に「何?」と聞いても、彼女は後ろの席を指さし、人が寝ているジェスチャーをするだけ。なぜ人が寝ているとバスが動かないのか全く分からない。英語の話せる人に聞いてみたら、後ろの席で老人が亡くなったという。良くあるのか、と聞いたら、聞いたことはない、という返事が返ってきた。そりゃ、いくらインドとはいえそうだろう。何で死んだのだろう、と聞くと、年取ってたんじゃないのか、と分かったような分からないような答だった。これからどうなるのか、と質問すると、警察が来て、検死して、それから出発することになるらしい。警察はどこにあるの?何十キロか先の方。じゃ、当分来ないね。うん。することもないので後ろの席へ死人を見に行ってみた。体を前にかがめるようにして、やせた老人(男性)が死んでいた。周りの人は何ごともないような顔で座っている。
外にはちょっとした茶店があり、ピーナッツなども売っていたので、チャイを飲みつつ、同行の友人とともにそこで待つことにした。どのくらい待っただろうか、警官が来た。ジープか何かで来るだろうと思っていたら、路線バスに乗ってきた。まず、乗客が協力して死体をバスから降ろした。もう死後硬直が始まっていて、さっき見たままの姿勢で運び出されてきた。みなでそれを伸ばして白い布で包む。その後、表のベンチで警官の事情聴取が始まった。乗客は興奮してみな口々に勝手なことを言っているように見える。警官もそれをすべてノートに記録して行くように見える。
誰もバスの横に置かれた死体には見向きもしない。そのわきを牛がゆっくり通りすぎて行く。犬がちょっとにおいをかいで行ってしまう。バスの後ろには老人が使っていた杖が一本ころがっている。
そうこうしているうちに、バスの運転手が木を切って運んできた。乗客も一緒になって、梯子のような物を作っている。ああ、あれに乗せて運ぶんだな、と思った。道路の片側は、急斜面をかなり下りなければならないが、ガンガーの源流である。狭いけれど、ちょっとした河原もある。そこへ梯子に死体を乗せて下ろす。薪を積み上げ、その上に梯子ごと死体を乗せ、火を付けた。時々ガソリンをかけるが、薪が足りないのか、あまりよく燃えない。結局、完全には燃えなかったようで、川に流してしまった。
バスが動き出したときに時計を見たら、止まってから6時間経っていた。夜中に目的地のウッタルカシに着いた。乗客はそれぞれ安宿に散って行く。亡くなった老人の奥さんと思われる老女が、人々に体を支えられ、泣きながらよろよろと歩いている。さっき、警官がいろいろ調べていたときに、老人の持ち物をチェックしていたのを思い出した。幾重にもビニール袋で包んだ少額のルピー紙幣があった。きっと、長いこと巡礼に来ることを考えていて貯めたお金なんだろう。あの老人は幸せだったのだろうか?そんなことを考えながらベッドに入ったらなんだか眠れなくなった。外では野良犬の群があちこち走りまわりながらさかんに吠えている。奥さんのあとを追ってやって来た老人の魂が、犬には見えるんじゃないのか?ごく自然にそういう気分になる寝苦しい夜だった。
©2005-08 Sifal Art. All Rights Reserved.